第1日目 中尾温泉-焼岳-西穂山荘

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行程

地名到達時刻所要時間
中温泉登山口06時14分
中尾峠08時22分128分2時間8分
焼岳北峰09時02分40分40分
焼岳南峰09時23分21分21分
焼岳小屋10時35分72分1時間12分
西穂山荘13時26分171分2時間51分
一日の歩行時間
7時間12分
日付:2010/10/05

山行記

中尾峠

中尾温泉口から登山口までは結構な距離があり、坂も相当にきつい道です。
車道にゲートが設けられているのですが、その手前に登山者向けの駐車場があります。
駐車場から車道を歩くとすぐに焼岳登山口と書かれた木製の標識があり、沢を丸木橋で渡ります。ここからが登山道です。

織田信長や豊臣秀吉が活躍をした戦国時代の後期、この辺りは飛騨国と信濃国を結ぶ峠道があったそうです。なかなか傾斜がきつく登りごたえのある道ですが、この坂道を登ってあえいでいると、昔の人は足腰が達者だったことがよく分かります。

この峠を越えた女性の一人に三木秀綱夫人がいます。彼女は悲しくも島々谷で安曇の住民に殺されてしまいます。秀綱夫人がどの様に越えたか想像するのですが、現代の女性と違って戦国時代の女性は勝ち気で感情の起伏がとても激しい人が多かったようです。足腰も達者だったでしょう。
男衆が戦場に出ている時などは留守の城を女性だけで守ったり(真田幸村の兄の信之に嫁した本多忠勝の娘など)、甲冑を着て戦場を往来した女性(立花宗茂夫人の千代など)も居たようですから、輿などは用いず、徒歩か、ひょっとすると騎乗だったかと考えます。

山腹にヒカリゴケが生えていて、洞窟を除くとなるほど光っている様に見えます。実際は蛍光塗料の様にわずかな光を反射しているだけで、苔自身が光っているわけではないそうです。
ヒカリゴケは薄暗い洞窟の中でほんのりと光っているだけなので、写真に撮ることは容易でなかったのですが、最近のカメラの性能はすばらしく、ISO6400の感度なら簡単に撮すことが出来ます。

中尾峠からの眺望はすばらしいのですが、登山口から峠まで、樹林帯でほとんど眺望は得られません。峠まで我慢を強いられるので、余計に美しく感じるのかも知れません。
正確に言うと、中尾峠からは焼岳しか見えません。峠から焼岳に向かって100mほど登ると上高地や穂高の峰が見えてきます。

焼岳

中尾峠から登り始めると、すぐに噴気口があります。噴気口の東側は崩れ落ちているのですが、これが大正時代の噴火の名残で、大正池などもこのときの噴火で出来ています。

焼岳の北峰に登る途中にやや大きめの噴気口があり、穴の周りは硫黄でクリーム色をしています。登山道のすぐ横にあるので、風向きによってはガスがまともにかかります。

焼岳は北峰と南峰がありますが、三角点のある最高点は南峰ですが、眺望の優れているのは北峰です。南峰は後で知ったのですが立ち入り禁止です。最高点を踏みたいのなら別ですが、眺望を楽しみたいのなら北峰で十分で、危険を冒して南峰に登る必要はないでしょう。

焼岳からは、西に笠ヶ岳、北に穂高岳、東に霞沢岳を間近に見ることが出来ます。これらの山を見るには距離が近すぎるきらいがありますが、大展望であることに違いはありません。
奥穂高岳から前穂高岳に伸びる釣り尾根が見事です。

焼岳の北峰と南峰の間のコルまでは歩くことが出来ます。ここから火口湖が見られます。北峰からは見えない湖です。他に、北峰の南壁から吹き上がる噴気口も見られます。

西穂山荘までの稜線の道

焼岳を下りて新中尾峠から北に進むと、最初のピークに噴気口があります。小さな噴気口の様で、立ち止まって静かにしていないとガスの匂いや噴出する音に気づかないでしょう。
噴気口のあるところには植物が生えないと思っていましたが、この山は緑で覆われています。ガスの噴出量が少ないのだろうと思います。

中尾峠から西穂山荘までは樹林の稜線歩きで、これと言った特徴がありません。ただ、池の覆い稜線で、これらの池がどの様な仕組みで水をたたえているのか興味があります。
紅葉を期待していたのですが、見られませんでした。

西穂山荘

西穂山荘に着いたのが午後1時を廻った頃なので、歩いた気がしません。午後4時過ぎ、せめて10時間は歩かないと実感が湧かないのです。
国土地理院の1/25000の地図で見ると、奥穂高岳までの距離は歩いて4時間から5時間程なので、行こうかと思い念のために西穂山荘の人に聞いて見ると、歩いたことは無いが地図では6時間と書かれていますと言うことだったので、午後7時過ぎまで歩くわけにはいかないので、西穂山荘にテントを張ることにしました。

地図

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